副甲状腺機能亢進症(ふくこうじょうせんきのうこうしんしょう:Hyperparathyroidism)をご存知でしょうか。
多飲多尿・元気消失・筋力低下・尿路結石といった一見バラバラな症状が、血液中のカルシウム値が慢性的に高い「高カルシウム血症」という1つの異常によって引き起こされているケースがあります。その背景に副甲状腺ホルモン(PTH)の過剰分泌があるとき、副甲状腺機能亢進症と診断されます。
本記事では、犬の副甲状腺機能亢進症の原因・原発性と続発性の違い、高カルシウム血症が引き起こす症状の全貌、血液検査・超音波・頸部外科による診断と治療、費用目安まで詳しく解説します。
犬の副甲状腺機能亢進症の受診の目安
- 早めに受診
- シニア犬の多飲多尿・元気がない・尿路結石をくり返すとき
- 治療と見通し
- 原因の副甲状腺の腫瘍を手術で取れば根治が期待できる。血液検査のカルシウム値で見つかる
迷ったときは 受診の目安とチェックリスト も確認してください。
1. 副甲状腺機能亢進症の概要
副甲状腺(ふくこうじょうせん)は甲状腺の後面に接して存在する4つの小さな内分泌腺です。ここから分泌される副甲状腺ホルモン(PTH:Parathyroid Hormone)は、血液中のカルシウム濃度を調節する役割を持っています。PTHは骨からカルシウムを溶出させ、腸管からの吸収を促進し、腎臓での再吸収を高めることで血中カルシウムを上昇させます。
副甲状腺機能亢進症はPTHが過剰に分泌されることで血中カルシウムが慢性的に高い状態(高カルシウム血症)が続く疾患です。原因によって原発性・続発性・偽性の3型に分類されます。
| 分類 | 原因 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 原発性(一次性) | 副甲状腺の腺腫・過形成・腺癌による自律的なPTH過剰分泌 | 血中Ca高値+血中P低値。ケスホンド犬種での遺伝的素因あり |
| 続発性(二次性) | 慢性腎不全・ビタミンD欠乏・低カルシウム食による代償的PTH分泌亢進 | 血中Ca正常〜低値。腎不全性骨異栄養症(線維性骨炎)を引き起こす |
| 偽性(悪性腫瘍随伴) | リンパ腫・肛門周囲腺癌などによるPTH関連ペプチド(PTHrP)の異所性産生 | 腫瘍随伴症候群として重篤な高カルシウム血症を生じる |
犬でもっとも臨床的に問題となるのは原発性副甲状腺機能亢進症と、悪性腫瘍(とくにリンパ腫・肛門周囲腺癌)に伴う偽性(悪性腫瘍随伴性)高カルシウム血症です。高カルシウム血症は腎臓・心臓・神経系など全身に悪影響を及ぼします。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 好発犬種(原発性) | ケスホンド(遺伝的素因あり)、その他の中高齢犬 |
| 好発年齢 | 原発性:8〜12歳の中高齢犬に多い |
| 主な合併症 | 尿路結石(シュウ酸カルシウム結石)・腎不全・不整脈・神経症状 |
| 緊急度 | 中〜高(重度高カルシウム血症は心停止リスクあり) |
2. 主な症状とサイン:全身への影響を把握する
副甲状腺機能亢進症の症状は、高カルシウム血症が全身の臓器・組織に与える影響として現れます。初期は非特異的な症状(元気消失・食欲不振)のみで見逃されやすく、血液検査で偶然に高カルシウム血症が発見されるケースも少なくありません。
| 影響臓器 | 症状・所見 | 飼い主が観察できるサイン |
|---|---|---|
| 腎臓 | 腎性尿崩症(カルシウムによる集合管の反応性低下)・腎石灰化・腎不全 | 多飲多尿・夜間の排尿増加 |
| 消化器 | 食欲不振・嘔吐・便秘(消化管運動低下) | 食べない・嘔吐が続く・便が出にくい |
| 神経筋 | 筋力低下・運動不耐性・無気力 | 散歩を嫌がる・すぐ座り込む・反応が鈍い |
| 尿路 | シュウ酸カルシウム尿路結石(尿管・膀胱) | 血尿・頻尿・排尿困難 |
| 心臓 | 不整脈・伝導障害(重度高Ca血症) | 突然の虚脱・失神(重症例) |
| 骨 | 骨吸収亢進による骨粗鬆症(長期例) | 骨折しやすくなる・跛行(重症例) |
「多飲多尿」はとくに初期から目立つ症状です。高カルシウム血症が腎臓の集合管に作用し、抗利尿ホルモン(ADH)への反応性を低下させることで、腎性尿崩症(腎臓がADHに反応できず大量の希釈尿が生成される状態)が生じます。
尿路結石(とくにシュウ酸カルシウム結石)は副甲状腺機能亢進症の重要な合併症です。原発性副甲状腺機能亢進症犬では、尿中カルシウム排泄量の増加によってシュウ酸カルシウム結石が形成されやすくなります。血尿・頻尿・排尿困難が続く場合は尿路結石の精査も必要です。
3. 原因・発症メカニズム
原発性副甲状腺機能亢進症では、副甲状腺の腫瘍(腺腫・過形成・腺癌)によって血中カルシウム濃度の上昇に関係なく自律的にPTHが分泌され続けます。副甲状腺腺腫が全体の約80〜90%を占め、腺癌は数%以下とされています。
正常では血中カルシウムが上昇するとPTH分泌はフィードバック制御(負のフィードバック)によって抑制されます。腺腫・過形成の細胞はこのフィードバック機構が機能しなくなっており、血中カルシウムが高くてもPTHを出し続けます。
続発性副甲状腺機能亢進症は慢性腎不全が主な原因です。腎臓での活性型ビタミンDの産生低下・リン排泄低下(高リン血症)→低カルシウム血症→代償的PTH過剰分泌というカスケードで副甲状腺が肥大・機能亢進します。この病態は「腎性骨異栄養症(線維性骨炎)」として骨の脱灰・骨折リスク上昇につながります。
偽性高カルシウム血症は、悪性腫瘍がPTH関連ペプチド(PTHrP:PTHrPはPTHと構造が類似しており、PTHと同様の受容体に結合して作用する)を産生・分泌することによって起こります。リンパ腫(とくに縦隔型)・肛門周囲腺癌・多発性骨髄腫などが代表的な原因腫瘍です。
4. 診断・治療・費用の目安
副甲状腺機能亢進症の診断は、血液検査での高カルシウム血症の確認から始まります。原因分類(原発性・続発性・偽性)の鑑別には、血中PTH・PTHrP・ビタミンD・リンの測定と、頸部超音波・腫瘍スクリーニングが組み合わされます。
診断の流れ
- 血液検査・尿検査:血清総カルシウム・イオン化カルシウム・リン・アルブミン・BUN(血液尿素窒素)・クレアチニン・腎機能評価
- 血中PTH・PTHrP測定:原発性(PTH高値)か偽性(PTHrP高値・PTH低値)かの鑑別に不可欠
- 頸部超音波検査:副甲状腺の腺腫・過形成の存在・大きさの確認(直径5mm以上が検出の目安)
- 腹部超音波・胸部X線:尿路結石・腎石灰化の確認。悪性腫瘍随伴性の除外(リンパ腫・腫瘤性病変の検索)
- CT検査:副甲状腺腺腫の位置確認・手術計画(超音波で検出困難な小腺腫の検出に有用)
初期検査費用(血液検査・超音波)は20,000〜40,000円が目安です。PTH・PTHrP測定などの特殊血液検査には外注費用が加わり、5,000〜15,000円程度が追加されます。
治療の選択肢
| 治療カテゴリ | 内容 | 費用目安 |
|---|---|---|
| 外科的副甲状腺切除術 | 原発性副甲状腺機能亢進症の根治的治療。腺腫・過形成を切除する。術後低カルシウム血症に対するカルシウム補充が必要 | 100,000〜250,000円 |
| 超音波ガイド下エタノール注入療法 | 副甲状腺腺腫に直接エタノールを注入して壊死させる低侵襲的手技。手術リスクが高い症例に適用 | 50,000〜120,000円 |
| 点滴・利尿療法(緊急内科管理) | 重度高カルシウム血症の緊急降下。生理食塩水の大量点滴+フロセミド(ループ利尿薬)投与でカルシウムの尿中排泄を促進する | 入院1泊:20,000〜40,000円 |
| ビスフォスフォネート製剤 | 骨吸収を抑制してカルシウム放出を低減する薬剤(パミドロン酸など)。手術不適応例の補助的内科管理 | 1回:10,000〜30,000円 |
| 原因腫瘍の治療(偽性の場合) | 悪性腫瘍随伴性ではリンパ腫への抗がん剤療法・肛門周囲腺癌の外科切除が優先される | 腫瘍の種類・ステージによる |
原発性副甲状腺機能亢進症に対する外科的副甲状腺切除術は根治的な選択肢であり、適切に施行された場合の治癒率は高いとされています。ただし術後に残存する副甲状腺が正常機能を回復するまでの間(数日〜数週間)、低カルシウム血症(テタニー:低カルシウムによる筋痙攣)が生じるリスクがあります。術後のカルシウムモニタリングが重要です。
超音波ガイド下エタノール注入療法は外科手術が困難な症例への選択肢です。繰り返し施行が可能で低侵襲という利点がありますが、再発や偶発的な組織損傷(反回神経など)の報告もあります。担当獣医師との十分な相談が必要です。
5. 予防のポイント:高カルシウム血症の早期発見と管理
原発性副甲状腺機能亢進症の発症自体を予防する方法は現時点では確立されていません。しかし、定期的な健康診断による早期発見と、腎不全・尿路結石などの合併症への早期対処が予後を大きく改善します。
- シニア犬の定期的な血液検査:8歳以上の犬では半年に1回の血液検査を習慣化し、高カルシウム血症の早期発見を目指す
- 多飲多尿を見逃さない:水飲み量・排尿量の急増は高カルシウム血症を含む内分泌疾患の早期サインである。変化に気づいたら早めに受診する
- 尿路結石の既往がある犬の定期モニタリング:シュウ酸カルシウム結石の再発例では、副甲状腺機能亢進症の精査を受けることが重要
- 続発性予防のための腎疾患管理:慢性腎不全犬では高リン血症・ビタミンD欠乏の管理(リン制限食・リン吸着剤・活性型ビタミンD補充)によって続発性副甲状腺機能亢進症の進行を抑制する
- 悪性腫瘍の早期発見:高カルシウム血症が確認された際はリンパ腫・肛門周囲腺癌など原因腫瘍の精査を怠らない
- 術後の定期モニタリング:外科切除後は血中カルシウム・PTHの定期測定によって再発・残存病変の早期発見に努める
ケスホンド犬種では原発性副甲状腺機能亢進症の遺伝的素因が報告されており、若齢からの定期的な血清カルシウム測定が推奨されます。同犬種の繁殖においては担当獣医師への相談が大切です。
6. よくある質問(FAQ)
- Q:高カルシウム血症とはどの程度の値が問題になりますか?
- A:犬の血清総カルシウムの正常値はおおむね9.0〜11.5mg/dLです。12.0mg/dL以上が持続する場合は高カルシウム血症として精査が必要です。14.0mg/dL以上では腎毒性・心臓への影響が深刻化するリスクが高まり、積極的な治療が求められます。ただし、測定値はアルブミン濃度によって補正が必要であり(低アルブミン血症では見かけ上の低値になる)、イオン化カルシウムの測定がより正確な評価につながります。
- Q:原発性と続発性はどうやって鑑別しますか?
- A:鑑別のポイントは血中PTH・リン・腎機能の組み合わせです。原発性ではPTH高値・血中リン低値・腎機能は比較的保たれているという特徴があります。続発性(腎性)ではPTH高値・血中リン高値・腎機能低下(BUN・クレアチニン上昇)が特徴です。偽性では血中PTHが低値〜正常でPTHrPが高値となり、原因となる悪性腫瘍の検索が必要です。これらの検査を組み合わせることで原因分類が可能となります。
- Q:手術後に低カルシウム血症になるとはどういうことですか?
- A:副甲状腺切除術後、残存する正常な副甲状腺が長期間のPTH高値環境の影響で一時的に機能を抑制されているため、術後数日間は血中カルシウムが急激に低下します。この状態を「術後低カルシウム血症」または「骨腹症(こつはらしょう:hungry bone syndrome)」と呼びます。低カルシウム血症ではテタニー(筋の痙攣・顔面の引きつり)・食欲不振・興奮が見られます。術後は経口または静脈内カルシウム補充を行いながら残存副甲状腺の機能回復を待ちます。
- Q:シュウ酸カルシウム結石と副甲状腺機能亢進症はどのような関係がありますか?
- A:副甲状腺機能亢進症によってPTHが過剰分泌されると、骨からのカルシウム溶出・腸管からの吸収増加・腎臓での再吸収増加が起き、血中カルシウムと尿中カルシウム排泄量の両方が増加します。尿中カルシウムが増えると、シュウ酸と結合してシュウ酸カルシウム結晶が形成されやすくなります。再発性のシュウ酸カルシウム尿路結石を持つ犬では、副甲状腺機能亢進症の精査を行うことが推奨されます。
- Q:多飲多尿の原因として副甲状腺機能亢進症以外に何が考えられますか?
- A:多飲多尿を引き起こす疾患は多岐にわたります。クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)・糖尿病・慢性腎不全・尿崩症(中枢性・腎性)・子宮蓄膿症・肝不全などが代表的な鑑別疾患です。副甲状腺機能亢進症は多飲多尿の原因として頻度は高くありませんが、血液検査で高カルシウム血症が確認された場合はその原因検索として必ず考慮されます。多飲多尿に気づいたら血液検査・尿検査を含む基本的な精密検査を早期に受けることが大切です。
- Q:エタノール注入療法と外科手術はどちらが安全ですか?
- A:超音波ガイド下エタノール注入療法は全身麻酔を必要とせず低侵襲である点が利点です。ただし腺腫が小さい・位置が深い場合は技術的に困難であり、周囲組織(反回神経・食道など)の損傷リスクもあります。外科切除は全身麻酔が必要ですが根治的であり、複数病変・悪性腫瘍疑いの場合は外科切除が選択されます。どちらを選択するかは腺腫の大きさ・位置・犬の全身状態・術者の経験などを総合的に判断して決定します。
7. まとめ
犬の副甲状腺機能亢進症はPTH過剰分泌による慢性的な高カルシウム血症が腎臓・尿路・神経筋・心臓に多彩な影響を及ぼす疾患であり、外科的副甲状腺切除術によって根治が期待できます。シニア犬の多飲多尿・筋力低下・尿路結石再発を見た際は、血液検査で血清カルシウム・PTHを確認することが早期発見の鍵となります。
異変を感じたら決して放置せず、速やかに動物病院を受診して、愛犬にとって最善の医療的選択を冷静に進めていきましょう。
様子を見ずに、その日のうちに受診してほしいサイン 犬や猫は体調不良を隠す動物です。愛犬に次のどれかが当てはまるときは、この記事の病気に限らず、動物病院に相談してください。
※本記事は医学・科学的知見の一般的知識に基づき作成されています。愛犬の具体的な診断や治療については、必ず動物病院の診察を受けてください。副甲状腺機能亢進症の確定診断には血中PTH・PTHrP測定などの専門検査が必要であり、治療方針は担当獣医師との十分な相談のもとで決定してください。
参考文献
この記事の内容に関する主な資料です(英語の資料を含みます)。





