犬の糸球体腎炎をご存知でしょうか。
尿検査で「タンパク尿」が指摘されても「腎臓が少し弱いのかな」程度に思われやすいのですが、糸球体腎炎は免疫複合体が腎臓のフィルター(糸球体)に沈着し、腎機能を徐々に破壊し続ける深刻な病態です。適切に管理しなければ慢性腎不全へと移行します。
本記事では、犬が糸球体腎炎になる原因から、タンパク尿・浮腫(むくみ)・食欲不振などの症状・診断・治療法と費用目安、そして日常的な予防策までを分かりやすく徹底解説します。
犬の糸球体腎炎の受診の目安
- すぐに受診夜間・休日でも
- 呼吸が苦しい、急に後ろ足が麻痺した(血栓の疑い)
- 早めに受診
- 健康診断でたんぱく尿を指摘されたとき、足のむくみやお腹の膨らみがあるとき
- 治療と見通し
- 初期は症状がなく尿検査でしか見つからない。原因の治療と薬・療法食で進行を抑える
迷ったときは 受診の目安とチェックリスト も確認してください。
1. 犬の糸球体腎炎の概要
糸球体腎炎とは、腎臓内にある毛細血管の塊である糸球体(しきゅうたい)に炎症が起きる疾患です。糸球体は血液をろ過して老廃物を尿として排出する一方、タンパク質などの大切な成分を血液中に留める「フィルター」の役割を担っています。
糸球体炎症の主なメカニズムは免疫複合体(抗原と抗体が結合した塊)の糸球体内への沈着です。感染症・腫瘍・自己免疫疾患などで生じた免疫複合体が腎臓のフィルターに詰まり、補体系を活性化して炎症と組織障害を引き起こします。
フィルターが破壊されると、本来尿に出てはいけないタンパク質(主にアルブミン)が大量に排泄されるタンパク尿が生じます。血液中のアルブミンが減少すると血管内の浸透圧が低下し、組織への水分漏出(浮腫・腹水・胸水)が起きます。これをネフローゼ症候群と呼びます。
糸球体腎炎は中高齢犬(5〜8歳以上)に多く、ゴールデンレトリバー・ラブラドールレトリバー・サモエド・ドーベルマンなどでは遺伝的な糸球体疾患のリスクが報告されています。
2. 主な症状とサイン:浮腫・腹水・タンパク尿
糸球体腎炎は初期には無症状なことが多く、健康診断の尿検査でタンパク尿を偶発的に発見されるケースが少なくありません。症状が進行するにつれて以下のサインが現れます。
初期〜中等度の症状
- タンパク尿(尿が泡立つ・白濁する)
- 多飲多尿(腎機能低下を伴う場合)
- 軽度の食欲低下・体重減少
- 元気消失・疲れやすさ
中等度〜重度(ネフローゼ症候群・腎不全移行時)の症状
- 四肢・顔面・腹部のむくみ(浮腫)
- 腹水・胸水の貯留(腹部膨満・呼吸困難)
- 著しい食欲不振・嘔吐
- 血圧上昇(高血圧)──網膜出血・失明の原因になります
- 血栓塞栓症──肺動脈血栓など重篤な合併症
- 貧血・体重の著しい減少
症状の進行と臨床所見
| 段階 | 主な臨床所見 |
|---|---|
| 初期(タンパク尿期) | UPC(尿タンパク/クレアチニン比)上昇・無症状 |
| 中期(低アルブミン血症) | 血清アルブミン低下・浮腫の出現 |
| 後期(ネフローゼ症候群) | 重度のむくみ・腹水・高脂血症・血栓リスク上昇 |
| 末期(慢性腎不全移行) | クレアチニン・BUN上昇・尿毒症症状 |
3. 犬の糸球体腎炎の原因
犬の糸球体腎炎の多くは免疫介在性(免疫系の異常が原因)です。原発性(原因不明)と続発性(他の疾患に伴う)に分類されます。
続発性糸球体腎炎の主な基礎疾患
- 慢性感染症──フィラリア症・ライム病・エーリキア症・ブルセラ症・慢性歯周病など。持続的な抗原刺激が免疫複合体産生を促します。
- 腫瘍──悪性リンパ腫・肥満細胞腫などの腫瘍性疾患。腫瘍由来の抗原が免疫複合体を形成します。
- 自己免疫疾患──全身性エリテマトーデス(SLE)・免疫介在性溶血性貧血など。
- 慢性炎症性疾患──慢性膵炎・炎症性腸疾患・副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)など。
- 遺伝性糸球体疾患──サモエド・ベルジアンマリノア・コッカースパニエルなどでコラーゲン遺伝子変異による糸球体基底膜の脆弱性が報告されています。
原因が特定できない原発性(特発性)の糸球体腎炎も多く、腎生検(腎臓の組織を採取する検査)によって病理学的な診断が確定します。
4. 犬の糸球体腎炎の治療法
治療の方針は「基礎疾患の治療」と「腎臓への負担軽減・進行抑制」の2本立てです。基礎疾患がある場合、その治療が糸球体腎炎の改善に直結します。
診断の流れ
- 尿検査(UPC測定)──UPC(尿タンパク/クレアチニン比)が0.5以上でタンパク尿と判定。0.2〜0.5は境界域。
- 血液検査──アルブミン値・BUN・クレアチニン・コレステロール・血圧測定
- 画像検査(超音波)──腎臓のサイズ・エコー輝度の評価
- 感染症スクリーニング──フィラリア・ライム病・エーリキア等の検査
- 腎生検(確定診断)──光学顕微鏡・電子顕微鏡・免疫蛍光染色による糸球体病変の確認
主な治療内容
| 治療の種類 | 内容 |
|---|---|
| 基礎疾患の治療 | 感染症への抗菌薬・フィラリア予防・腫瘍治療など |
| ACE阻害薬・ARB | タンパク尿を減らし腎機能保護。血圧管理にも有効。 |
| 免疫抑制療法 | 免疫介在性が強い場合、プレドニゾロン等を使用(腎生検結果で判断) |
| 抗血栓療法 | アスピリン・クロピドグレルで血栓塞栓リスクを低減 |
| 腎臓病用療法食 | タンパク制限食でタンパク尿・腎への負荷を軽減 |
| 利尿薬 | 重度の浮腫・腹水・胸水の緩和 |
治療費の目安
- 初診・尿検査・血液検査:8,000〜20,000円
- 腎生検(全身麻酔含む):50,000〜120,000円
- 長期通院・投薬(月間):15,000〜40,000円
- 入院(浮腫・腹水管理):1日10,000〜25,000円
5. 予防のポイント:基礎疾患の早期管理とタンパク尿の定期確認
糸球体腎炎は多くの場合、他の疾患に続発して起きます。以下の取り組みで発症・進行のリスクを下げることができます。
- フィラリア予防薬の通年継続──フィラリア症は糸球体腎炎の重要な誘因です。月1回の予防薬投与を欠かさず続けましょう。
- 年1〜2回の尿検査──健康診断の尿検査でUPCを確認することが早期発見につながります。5歳以上の犬では年2回が理想です。
- 口腔・歯科ケアの継続──慢性歯周炎は糸球体腎炎の誘因のひとつです。定期的なデンタルケアと年1回の歯科スケーリングを検討しましょう。
- 感染症の早期治療──ライム病・エーリキア症などのダニ媒介性感染症も誘因となります。ノミ・マダニ予防薬を通年使用し、異常時は早めに受診しましょう。
- 定期的な血液検査──アルブミン値・コレステロールの変化を追うことで、タンパク尿悪化前に異常を検出できます。
6. よくある質問(FAQ)
- Q:糸球体腎炎と慢性腎臓病(CKD)はどう違いますか?
- A:糸球体腎炎は腎臓の糸球体に炎症が起きる疾患で、慢性腎臓病の原因のひとつとなります。慢性腎臓病はより広い概念で、様々な原因(糸球体腎炎・加齢・感染症後など)で腎機能が慢性的に低下した状態を指します。糸球体腎炎が進行すると、最終的に慢性腎臓病へと移行します。
- Q:タンパク尿はどうやって気づけますか?
- A:自宅では「尿が泡立つ・白く濁る」という変化で気づけることがありますが、初期は目で見てもわかりません。定期的な動物病院での尿検査(UPC測定)が早期発見の唯一の方法です。健康診断で尿検査を受けるよう意識しましょう。
- Q:腎生検は必ず必要ですか?
- A:腎生検は糸球体病変の種類を特定し、最適な治療方針(特に免疫抑制療法の適否)を決定するために有用です。ただし全身麻酔と出血リスクを伴うため、臨床症状・超音波所見・治療反応を見ながら判断します。必要性については担当獣医師と相談しましょう。
- Q:むくみ(浮腫)が出たら緊急ですか?
- A:四肢や顔面のむくみ、腹部膨満(腹水)は低アルブミン血症が進行しているサインです。特に胸水が貯留すると呼吸困難を引き起こします。これらの症状が見られたら速やかに動物病院を受診してください。
- Q:ステロイド治療は糸球体腎炎に効きますか?
- A:糸球体腎炎の種類によって異なります。免疫複合体型の糸球体腎炎では免疫抑制療法が有効な場合がありますが、腎生検で病変の種類を確認せずに使用すると逆効果になる場合もあります。ステロイドの使用は腎生検結果と臨床所見を総合した上で判断することが大切です。
- Q:血栓塞栓症とはどういう合併症ですか?
- A:ネフローゼ症候群では、血液凝固因子のバランスが崩れて血栓が形成されやすくなります。肺動脈に血栓が詰まる「肺血栓塞栓症」は突然の呼吸困難・虚脱・死亡を引き起こす重篤な合併症です。タンパク尿が高度な犬では抗血栓療法の適応を獣医師と検討しましょう。
7. まとめ
犬の糸球体腎炎は、腎臓のフィルター(糸球体)に免疫複合体が沈着することで徐々に腎機能を損なう疾患です。初期は無症状でタンパク尿のみが手がかりとなるため、定期的な尿検査による早期発見が極めて重要であり、基礎疾患の有無を特定してその治療を優先しながら、ACE阻害薬・療法食・抗血栓療法を組み合わせた長期管理が進行抑制の鍵となります。
異変を感じたら決して放置せず、速やかに動物病院を受診して、愛犬にとって最善の医療的選択を冷静に進めていきましょう。
様子を見ずに、その日のうちに受診してほしいサイン 犬や猫は体調不良を隠す動物です。愛犬に次のどれかが当てはまるときは、この記事の病気に限らず、動物病院に相談してください。
※本記事は医学・科学的知見の一般的知識に基づき作成されています。愛犬の具体的な診断や治療については、必ず動物病院の診察を受けてください。糸球体腎炎の治療方針は腎生検の結果や基礎疾患の有無によって異なるため、専門的な診断と定期的な経過観察が重要です。
参考文献
この記事の内容に関する主な資料です(英語の資料を含みます)。





