猫の耳血腫をご存知でしょうか。
ある日突然、愛猫の耳介(じかい)がまるで枕のように膨れ上がり、驚いた飼い主が慌てて動物病院を訪れるケースが後を絶ちません。耳血腫は外見上とても目立つ病態ですが、痛みや不快感を伴い、放置すると耳介が変形して「カリフラワー耳」と呼ばれる後遺症を残す可能性があります。
本記事では、猫が耳血腫を発症する原因から、症状の見分け方、外科的治療・内科的治療の選択肢と費用目安、そして再発を防ぐための日常ケアまでを分かりやすく解説します。
猫の耳血腫の受診の目安
- 早めに受診
- 耳の一部が膨らんでいる・耳を気にするとき(48時間以内の処置で変形を抑えやすい)
- 治療と見通し
- 自然にはほとんど治らず、放置すると耳が変形する。切開・縫合が確実で、原因の外耳炎も同時に治療する
迷ったときは 受診の目安とチェックリスト も確認してください。
1. 猫の耳血腫とは:耳介に血液が溜まる病態
耳血腫(じけっしゅ)とは、耳介(耳の軟骨部分)の皮膚と軟骨の間に血液や漿液(しょうえき)が貯留する病態です。医学的には「耳介血腫(じかいけっしゅ)」とも呼ばれます。猫の耳介は薄い軟骨を皮膚で包んだ構造をしており、その間に液体が溜まると耳がパンパンに膨れ上がります。
耳血腫は犬に比べると猫での発症頻度はやや低いものの、外耳炎やアレルギー性疾患を持つ猫では繰り返し発症するケースも見られます。放置すると液体が器質化(固化)し、耳介が変形・委縮してしまう場合があります。
緊急性という点では、命に直結する疾患ではありませんが、強い不快感・疼痛を伴うため、早期に動物病院を受診して適切な処置を受けることが求められます。また、耳血腫の多くは「なぜ耳を激しく掻いたのか」という根本原因の治療なしには再発を繰り返す点が特徴です。
耳血腫は発症後の経過時間が治療成績に大きく影響します。発症初期(48時間以内)に適切な処置を受けることで、耳介の変形を最小限に抑えることが期待できます。一方、1週間以上放置した慢性例では線維組織の形成が進み、外科的処置をしても完全に元の形に戻すことが難しくなります。「少し腫れているだけだから大丈夫」と判断せず、早めに受診することが重要です。
また、耳血腫は猫にとって強い不快感・疼痛をもたらします。猫は痛みを外見に出しにくい動物ですが、耳を気にして頭を振る・後ろ足で耳周辺を掻き続ける・片耳を下げてぐったりしているといった行動変化がサインとなります。これらのサインを見逃さないよう、日頃から愛猫の行動を丁寧に観察することが大切です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 正式名称 | 耳介血腫(じかいけっしゅ) |
| 発症部位 | 耳介(耳の軟骨と皮膚の間) |
| 主な原因 | 頭部の激しい振り、耳の過度な掻き壊し |
| 好発年齢 | 全年齢(外耳炎・アレルギー持ちの猫に多い) |
| 緊急度 | 中程度(疼痛あり・変形リスクあり、数日以内に受診を) |
2. 主な症状とサイン:耳の膨れと頭振りに注目
耳血腫の最も分かりやすいサインは、耳介が液体で膨らむことです。触れると柔らかく波動感(ぷよぷよした感触)があり、猫は触られることを嫌がります。片側だけに発症するケースがほとんどですが、まれに両側に生じることもあります。
耳血腫が疑われる場合、以下のような症状が見られます。早期発見のために日頃から耳の状態をチェックする習慣をつけましょう。
- 耳介の一部または全体がパンパンに腫れている
- 触ると波動感(液体が入っているような感触)がある
- 耳を気にして頻繁に掻く、または頭を振る
- 片方の耳を下げてぐったりした様子を見せる
- 耳の内側が赤みがかって熱を持っている
- 食欲や活動性の低下(疼痛による)
症状は発症からの時間とともに変化します。下表で進行段階別のサインを確認してください。
| 段階 | 主なサイン | 対応の目安 |
|---|---|---|
| 初期(発症〜24時間) | 耳介の一部が軽く膨れている、耳を気にする | 早めに動物病院へ |
| 中期(2〜5日) | 膨れが拡大・硬化し始める、強い掻き行動 | 速やかに受診 |
| 慢性期(1週間以上) | 血腫が線維化、耳介の変形が始まる | 早急に受診(変形リスク増大) |
3. 耳血腫の原因:外耳炎・アレルギーが背景に
耳血腫の直接的な原因は、耳介内の毛細血管が破れて出血することです。しかし「なぜ血管が破れたのか」という根本原因を特定することが、再発防止のうえで非常に重要です。
主な原因・誘因を以下に整理します。
- 外耳炎による掻痒(そうよう)──最も多い原因です。外耳炎で強いかゆみが生じ、後ろ足で耳を激しく掻くことで耳介の血管が損傷します。
- 頭部の激しい振り(頭振り)──耳の異物感・かゆみから頭を激しく振ることで、遠心力により耳介内の血管に過大な力が加わります。
- アレルギー性皮膚炎──食物アレルギーやアトピー性皮膚炎が耳の慢性的な炎症を引き起こし、耳血腫の素因となります。
- 耳ダニ(耳疥癬)感染──Otodectes cynotis(耳ダニ)の感染による激しいかゆみが誘因となることがあります。
- 異物・腫瘍──耳道内の異物や腫瘍が外耳炎を継発させ、二次的に耳血腫を引き起こすケースもあります。
- 免疫介在性機序──明確な外耳炎がなくても、免疫異常が関与して耳介内に炎症性液体が貯留する場合があります。
外耳炎・耳ダニ・アレルギーなどの根本原因を同時に治療しない限り、耳血腫を処置しても高い確率で再発します。そのため、動物病院では耳血腫そのものの治療と並行して耳の検査(耳垢検査・細菌培養など)が行われます。
4. 診断と治療法:外科処置が基本、内科療法との使い分け
動物病院では、視診・触診に加えて耳鏡(じきょう)検査や耳垢検査を実施し、根本原因を評価します。血腫内の液体を注射針で採取して性状を確認することもあります。重篤な全身疾患が疑われる場合は血液検査も行われます。
治療の選択肢
耳血腫の治療方法は大きく2つに分けられます。
| 治療法 | 内容 | 特徴 |
|---|---|---|
| 外科的処置(切開・縫合) | 全身麻酔または局所麻酔下で耳介を切開し、血腫を排出。キルティング縫合(何点かにわたる縫合)で皮膚と軟骨を密着させる。 | 再発率が低い。変形を防ぎやすい。入院が必要な場合もある。 |
| 内科的処置(針吸引+ステロイド) | 注射針で血腫内の液体を吸引し、ステロイド(副腎皮質ホルモン)を注入する。繰り返し処置が必要なことがある。 | 侵襲が少ない。麻酔不要の場合が多い。再発しやすい傾向あり。 |
血腫が小さい初期段階では内科的処置が試みられることがあります。血腫が大きい場合や再発例では外科的処置が選択されます。どちらの方法でも、根本原因(外耳炎・耳ダニ等)の同時治療が不可欠です。
費用目安
| 治療内容 | 費用目安(税込・参考値) |
|---|---|
| 初診・耳検査 | 3,000〜6,000円 |
| 針吸引+ステロイド注入(1回) | 3,000〜8,000円 |
| 外科的切開・縫合(局所麻酔) | 15,000〜35,000円 |
| 外科的切開・縫合(全身麻酔) | 30,000〜70,000円 |
| 術後処置・再診(数回) | 3,000〜5,000円/回 |
| 根本原因(外耳炎等)の治療費 | 5,000〜20,000円(薬代含む) |
費用は病院・地域・血腫の大きさ・麻酔の種類によって大きく異なります。ペット保険に加入している場合は補償対象となることが多いため、事前に確認することをお勧めします。
術後ケアのポイント
外科処置後は、縫合部の保護と感染予防が重要です。術後管理の主なポイントを以下に示します。
- エリザベスカラーの装着──抜糸まで(10〜14日程度)装着を続け、縫合部を舐めたり掻いたりするのを防ぎます。
- 抗生物質・消炎剤の投与──感染予防と炎症抑制のために、指示された薬を決められた期間きちんと投与します。
- 縫合部の観察──毎日、縫合部の腫れ・発赤・浸出液の有無を確認します。異常があれば速やかに病院へ連絡します。
- 根本原因の継続治療──外耳炎や耳ダニの治療を並行して進めます。この治療を怠ると再発の可能性が高くなります。
- 再診スケジュールの遵守──抜糸・経過確認のための再診日を必ず守りましょう。
5. 予防のポイント:外耳炎の早期発見と耳ケアが鍵
耳血腫の最大の予防策は、根本原因となる外耳炎や耳ダニ感染を早期に発見・治療することです。以下の日常ケアを習慣にすることで、発症リスクを大幅に低減できます。
- 定期的な耳のチェック(週1回以上)──耳の内側の汚れ・臭い・赤みを観察します。茶褐色または黒い耳垢が増えてきたら早めに動物病院を受診しましょう。
- 適切な耳掃除──猫専用の耳洗浄液を使い、過剰に奥まで掃除しないことが大切です。過剰な掃除は外耳炎を悪化させる場合があります。
- アレルギー管理──食物アレルギーやアトピー性皮膚炎がある猫は、定期的な動物病院受診でアレルゲンのコントロールを続けます。
- 耳ダニ予防薬の使用──多頭飼育環境や外出する猫では、耳ダニ予防薬の定期使用が有効です。
- 爪切りの習慣化──爪を短く保つことで、耳を掻いたときの皮膚・血管への損傷を軽減できます。
耳血腫を一度発症した猫は再発しやすい傾向があります。治療後も動物病院での定期的な耳の状態確認を続けることが大切です。
外耳炎を早期発見するための耳チェックポイント
週1回程度、以下の項目を確認する習慣を身につけましょう。異常を感じたら早めに動物病院に相談することで、耳血腫への進展を防げます。
| チェック項目 | 正常な状態 | 受診を検討する状態 |
|---|---|---|
| 耳垢の量・色 | 少量・薄い黄色〜白色 | 茶褐色・黒色・量が多い |
| 耳の臭い | ほぼ無臭 | 酸っぱい・甘い・独特の臭い |
| 耳の内側の色 | 淡いピンク色 | 赤み・腫れ・傷 |
| 耳への反応 | 触っても嫌がらない | 触ると痛がる・頭を振る |
| 掻く行動 | たまに掻く程度 | 頻繁に・激しく掻く |
6. よくある質問(FAQ)
- Q:耳血腫は放置しても自然に治りますか?
- A:自然に液体が吸収されることは稀にありますが、その過程で耳介の線維化・変形(カリフラワー耳)が起こるリスクが高くなります。また、根本原因(外耳炎など)が残ったままでは再発します。早めに動物病院を受診することを強くお勧めします。
- Q:手術は必ず全身麻酔が必要ですか?
- A:血腫の大きさや猫の状態によって異なります。局所麻酔のみで処置できるケースもありますが、猫は犬と比べて処置中に動きやすく、安全のために全身麻酔が選択されることが多い傾向があります。担当の獣医師と十分に相談してください。
- Q:手術をしなかった場合、耳は元の形に戻りますか?
- A:処置をしないまま血腫が自然に吸収された場合、耳介の内部で線維組織が形成され、耳が萎縮・変形することが一般的です。外見的な変化(カリフラワー耳)は不可逆的で、元の形には戻らなくなります。機能的には大きな問題がない場合もありますが、美容的・心理的な観点から早期治療が望まれます。
- Q:針で液体を抜いてもらったのに翌日また膨れてきました。なぜですか?
- A:針吸引のみでは、耳介内の空洞が残るため液体が再び溜まりやすい状態が続きます。ステロイド注入や圧迫包帯を併用することで再貯留を抑えることができますが、外耳炎などの根本原因が治療されていなければ繰り返し発症します。再発が続く場合は外科的切開・縫合への変更を検討します。
- Q:術後のエリザベスカラーはどれくらいつけ続ける必要がありますか?
- A:一般的に抜糸まで(術後10〜14日程度)エリザベスカラーの装着が必要です。カラーを外すと縫合部を舐めたり掻いたりして傷が開く危険があります。猫がカラーを嫌がる場合でも、担当の獣医師に相談して対応を決めるようにしましょう。
- Q:耳血腫を繰り返す場合、何か根本的な病気が隠れていますか?
- A:繰り返す場合は、慢性外耳炎・食物アレルギー・アトピー性皮膚炎・耳ダニ感染などが継続していることが多く見られます。まれに免疫異常が関与するケースもあるため、アレルギー検査や詳細な耳の検査を受けることが有益です。根本原因の特定と長期管理が再発防止の鍵となります。
7. まとめ
猫の耳血腫は、耳介への機械的刺激や外耳炎・アレルギーを背景として発症する疾患であり、放置すると耳介変形という不可逆的な後遺症を残します。外科的切開・縫合が再発率の低い標準的な治療法ですが、根本原因の同時治療なしには繰り返す可能性が高い点を理解することが大切です。日頃から耳の状態を観察し、耳垢の増加や掻き行動の変化に気づいたら早めに受診する習慣が予防の第一歩となります。
異変を感じたら決して放置せず、速やかに動物病院を受診して、愛猫にとって最善の医療的選択を冷静に進めていきましょう。
様子を見ずに、その日のうちに受診してほしいサイン 犬や猫は体調不良を隠す動物です。愛猫に次のどれかが当てはまるときは、この記事の病気に限らず、動物病院に相談してください。
※本記事は医学・科学的知見の一般的知識に基づき作成されています。愛猫の具体的な診断や治療については、必ず動物病院の診察を受けてください。耳血腫の治療方針は血腫の大きさや根本原因によって異なるため、自己判断での処置は避けてください。
参考文献
この記事の内容に関する主な資料です(英語の資料を含みます)。





