犬のブルセラ症をご存知でしょうか。
ブルセラ症は、Brucella canis(ブルセラ・カニス)という細菌が引き起こす感染症で、繁殖に関わる犬や多頭飼育施設での集団感染が問題となっています。感染しても発熱などの明確な症状が出ないことが多く、繁殖成績の低下や流産で初めて気づかれるケースが少なくありません。
本記事では、犬がブルセラ症になってしまう感染経路から、繁殖障害・オス・メスそれぞれの症状・診断と治療法、そして人獣共通感染症としての注意点までを分かりやすく徹底解説します。
犬のブルセラ症の受診の目安
- 早めに受診
- 流産・死産があったとき、オスの精巣の腫れ(人にもうつるため取り扱いに注意)
- 治療と見通し
- 抗菌薬で症状は改善するが、完全な除菌は難しい。繁殖前の検査で持ち込まないことが大切
迷ったときは 受診の目安とチェックリスト も確認してください。
1. 犬のブルセラ症の概要
ブルセラ症は、グラム陰性通性細胞内寄生菌であるBrucella canis(ブルセラ・カニス)が引き起こす細菌感染症です。犬に特有の種で、牛・豚・山羊に感染する他のブルセラ菌とは異なりますが、人間への感染(人獣共通感染症)が確認されています。
感染は主に繁殖行動・出産・流産時の分泌物を介して成立します。感染犬の膣分泌液・精液・流産胎子・胎盤・尿に大量の菌が含まれます。性交渉による感染効率が非常に高く、1回の交配で感染が成立することがあります。
日本では2003年に届出義務のある感染症(4類感染症)に指定されており、診断した医師は保健所への届出が義務付けられています。ペットショップ・繁殖施設・多頭飼育環境でのアウトブレイクが報告されており、公衆衛生上も重要な疾患です。
潜伏期間は2〜4週間が一般的ですが、慢性感染として数か月〜数年にわたり保菌状態が継続することがあります。完全な除菌が難しく、再燃リスクを念頭に置いた長期管理が求められます。
2. 主な症状とサイン:繁殖障害を中心に多様な臨床像
ブルセラ症の症状は性別・感染時期によって大きく異なります。特にオスとメスで現れる症状に明確な差があります。
メス(雌犬)の症状
- 妊娠45〜55日ごろの流産──最も典型的な症状。死産・吸収胎子も起こります
- 膣からの褐色・灰緑色の分泌物──流産前後に長期間続くことがあります
- 繰り返す不妊・受胎不全──妊娠しても維持できないパターンが続く
- 子宮内膜炎・卵巣炎
オス(雄犬)の症状
- 精巣炎・精巣上体炎──陰嚢の腫大・疼痛・左右非対称な腫れ
- 精子の質低下・不妊──精子異常(頭部奇形・尾部異常)
- 前立腺炎
- 慢性感染例では陰嚢皮膚炎・自己免疫による精巣萎縮
全身症状(オス・メス共通)
| 症状 | 特徴・補足 |
|---|---|
| 発熱(間欠熱) | 非特異的で軽度のことが多く、見逃されやすい |
| リンパ節腫大 | 鼠径・腋窩・顎下リンパ節の腫れ |
| 脊椎炎・椎間板炎 | 慢性例で腰痛・後肢の神経症状・歩行困難 |
| ぶどう膜炎・角膜炎 | 眼の充血・霞み・羞明(光を嫌がる) |
| 元気消失・体重減少 | 慢性経過での衰弱 |
3. ブルセラ症の感染経路と発症メカニズム
Brucella canisは感染した動物の体液・組織に多数存在し、以下の経路で新たな宿主に感染します。
- 性的接触(最多)──精液・膣分泌液に高濃度の菌が含まれます。1回の交配で感染が成立するほど感染力が高いです。
- 流産・出産時の分泌物への接触──胎盤・流産胎子・羊水に大量の菌が含まれます。飼い主やスタッフが素手で触れることで感染するリスクがあります。
- 経口感染──感染犬の尿・糞便・膣分泌物をなめる行為、または感染動物の死体を口にすることで感染します。
- 間接接触──汚染された飼育環境・器具・寝床を介した間接感染。環境中での生存期間は比較的短いですが、湿潤環境では数週間生存します。
- 経結膜・経気道──接触感染だけでなく、汚染された分泌物が眼・鼻に触れる経路も報告されています。
感染が起きやすい状況として以下が挙げられます。
- 繁殖前の検査を行わずに交配を実施した場合
- 新しい犬を施設に検査なしで導入した場合
- 流産処置を素手・マスクなしで行った場合
- 複数犬が同一スペースで生活する多頭飼育施設
4. ブルセラ症の診断と治療法
ブルセラ症の診断は、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。
診断方法
| 検査名 | 内容と特徴 |
|---|---|
| 血清凝集反応(RSAT・TAT) | スクリーニングに用いる抗体検査。偽陽性が出ることがあるため確認検査が必要 |
| 寒天ゲル免疫拡散法(AGID) | 特異性が高い確認検査。陽性であればほぼ確定診断 |
| 血液・精液・膣分泌液の培養 | 確定診断の金標準(ゴールドスタンダード)。結果判明まで1〜4週間かかります |
| PCR検査 | 菌のDNAを直接検出。迅速で感度も高いです |
治療
ブルセラ症の治療は、抗菌薬の長期併用療法が基本です。一般的にはミノサイクリンまたはドキシサイクリン(テトラサイクリン系)とエンロフロキサシンまたはアミノグリコシド系薬剤を6〜8週間以上組み合わせます。
ただし、Brucella canisは細胞内に潜伏するため、完全な除菌は非常に難しいとされています。治療後も定期的な再検査を行い、再燃がないか長期的に確認します。費用の目安は検査・薬剤込みで数万円から、経過によってはそれ以上になります。
繁殖目的の犬については、感染が確認された場合に去勢・避妊手術を実施することが菌の排出を減らす観点から有効とされています。特に繁殖施設では陽性犬の隔離・繁殖からの除外が求められます。
人への感染予防のため、陽性犬の体液に接触する際は手袋・マスクの着用が不可欠です。感染が疑われる流産処置後は、関係者も医療機関への相談を検討してください。
5. 予防のポイント:繁殖前検査と新規導入時の隔離が鍵
ブルセラ症の予防は、感染犬を繁殖・生活集団に持ち込まないことが最大のポイントです。
- 交配前の双方検査──交配を行う前にオス・メス双方のブルセラ検査(血清検査)を実施します。陽性犬との交配は行いません。
- 新規導入犬の隔離と検査──新しい犬を施設・家庭に導入する際は、まず2〜4週間隔離し、その間に複数回の血清検査を実施します。陰性確認後に他の犬と接触させます。
- 流産・出産処置時の防護──感染の可能性がある分泌物・胎盤の取り扱いは必ず手袋・マスクを着用します。直接素手で触れないことが飼い主自身の感染防止にもなります。
- 繁殖施設の定期スクリーニング──多頭飼育施設では在籍犬全頭を年1〜2回定期検査します。早期発見・早期隔離が集団内での拡大を防ぎます。
6. よくある質問(FAQ)
- Q:ブルセラ症は人間にも感染しますか?
- A:はい、感染します。人間へのBrucella canis感染は、感染犬の体液(精液・膣分泌液・流産胎子・尿など)との直接接触によって起こります。人間では発熱・倦怠感・関節痛・頭痛などのインフルエンザ様症状が現れることがあります。免疫が低下した人では重症化するリスクがあります。感染犬と生活する場合は手洗い・手袋着用を徹底してください。
- Q:ブルセラ陽性と診断されました。犬と一緒に生活し続けてもよいですか?
- A:生活の継続については、担当の獣医師および保健所に相談することが求められます。抗菌薬治療・去勢/避妊手術の実施・体液への接触を避ける管理を徹底することで、同居を維持しながら感染リスクを下げることは可能な場合があります。しかし公衆衛生上の観点から、行政の指導が入る場合もあります。
- Q:流産を繰り返す犬がいます。ブルセラ症が疑われますか?
- A:妊娠後半(45〜55日頃)の流産が繰り返される場合、ブルセラ症は重要な鑑別疾患の一つです。ただし、ヘルペスウイルス感染・ホルモン異常・子宮疾患なども流産の原因になります。複数回の流産があった場合は早期に動物病院でブルセラ検査を含む精密検査を受けることが大切です。
- Q:ブルセラ症は完治しますか?
- A:抗菌薬治療で症状の改善は期待できますが、Brucella canisは細胞内に潜伏するため完全な除菌が難しいとされています。治療終了後も定期的な再検査が必要であり、「治癒」と判定するには複数回の陰性確認が求められます。再燃が起きた場合は追加の治療を行います。
- Q:ブルセラ症はワクチンで予防できますか?
- A:犬用のBrucella canisワクチンは現在日本では実用化されていません。予防の基本は「感染犬を持ち込まない」「交配前検査の徹底」「適切な衛生管理」の3点です。
- Q:繁殖していない室内犬でも感染リスクはありますか?
- A:繁殖活動がなければリスクは低いです。ただし、ドッグランや多頭飼育施設での他犬との尿・口鼻接触による経口感染の可能性はゼロではありません。特にペットショップ購入直後の犬は検査を受けることが一般的に勧められます。
7. まとめ
犬のブルセラ症は、繁殖行動・流産時の分泌物を介して広がる人獣共通感染症で、繁殖障害・流産・精巣炎などが主要な臨床像です。完全除菌が困難なため、交配前の双方検査と新規導入犬の隔離・検査による「持ち込まない」管理が最も重要な予防策となります。
異変を感じたら決して放置せず、速やかに動物病院を受診して、愛犬にとって最善の医療的選択を冷静に進めていきましょう。
様子を見ずに、その日のうちに受診してほしいサイン 犬や猫は体調不良を隠す動物です。愛犬に次のどれかが当てはまるときは、この記事の病気に限らず、動物病院に相談してください。
※本記事は医学・科学的知見の一般的知識に基づき作成されています。愛犬の具体的な診断や治療については、必ず動物病院の診察を受けてください。ブルセラ症は人獣共通感染症であり、感染犬の体液取り扱いには手袋・マスクの着用など適切な防護が必要です。
参考文献
この記事の内容に関する主な資料です(英語の資料を含みます)。





